錦  織  寺

Kinshokuji-temple、真宗十派の一つ木辺(きべ)派の本山(滋賀県野洲郡中主町木部)

(写真は『親鸞聖人御足跡の本山 錦織寺』より)

なお、このページは真宗木辺派・本山錦織寺の公式のものではありません。私(高田)にとっての本山を紹介させていただきながら、歴史 社会に生きる仏教/真宗を見つめるために作成しているものです。


★第二十二代圓慈上人伝灯報告法要(平成8年5月24−26日)

★木部本山錦織寺の年間行事

★錦織寺について:「洗心」紙上での説明

★本山錦織寺に関する写真の数々

湖東の一隅に「一夜にして一丈六尺に成長した松の霊木」の辺に、当時の延暦寺(えんりゃくじ)の慈覚大師が弟子の円智にお堂を建てさせた。天安二 年(八五八年)のことなので、天安堂と呼ばれる)。そして、毘沙門天が安置されたこのお堂のまわりに人里が生まれ、木部きべと呼ばれるようになる。 そして、約三百八十年の後、親鸞聖人が関東から京都へ帰る途中に、この木部の天安堂に滞在されたことから、念仏道場となり、後、真宗の本山として発展す る。霞が浦の湖底から漁師が引き上げ、ここまで聖人が背負ってこられたと伝えられる阿弥陀如来像が本尊となる(毘沙門天像は脇座へ移る)。『錦織寺伝絵 記』より


「天神護法錦織之寺」聖人の御滞在中に天女が錦を織って仏前に捧げたとの伝えから,朝廷より賜った寺号で、錦織寺の正式名称です。


「満足の御影」親鸞聖人が『顕浄土教行証文類』の最後の二巻を当地で完成されたとの寺伝があります。長年にわたる大部の著述を終えられた御満足の 様子が描かれてあり、御影堂に奉安されているものです。


真宗十派 :法然上人の門流の中で、親鸞聖人の本願理解を体現してきた歴史的なネットワークの総体を象徴する姿。格式家柄を重んじる日本社会の文化に特色づけられな がら、「私」に伝えられたお念仏の教えの流れ(善知識による師資相承の系譜)を歴史的に体現している。明治9年に十派となるが、それ以前にも、また、現在 でも、紆余曲折がある。


浄土真宗本願寺派 本願寺 (西本願寺)京都府


真宗大谷派    真宗本廟(東本願寺)京都府


真宗高田派    専修寺       三重県


真宗仏光寺派   仏光寺       京都府


真宗興正派    興正寺       京都府


真宗木辺派    錦織寺       滋賀県


真宗出雲路派   毫摂寺       福井県


真宗誠照寺派   誠照寺       福井県


真宗三門徒派   専照寺       福井県


真宗山元派    證誠寺       福井県



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このページの更新日 1997.11.23