プロローグ
「私にとっての念仏」と「私たちの真宗」
−−宗教研究・キリスト教に学ぶ主旨−−
第一部 「親鸞のまねび」にとっての《教学》
−−見える教学・見えない教学−−
A 《真宗に於ける信仰(信心)を扱う学問》
−−課題としての《真宗の教学》−−
B 宗教研究に学んで
一 宗教研究の諸立場
(一) 宗教とは何か−−宗教・学とは何か
(二) 文化現象としての宗教
(三) 理性のことがらとしての宗教
(四) 信仰ということがら
二 《真宗の教学》について
(一)その体系性−−分類の試み−−
(二)「浄土教における宗教の神学」としての《真宗の教学》
C 《真宗の教学》の可能性
−−「浄土教における宗教の神学」−−
一 《親鸞》と宗教哲学−−問題点の所在を求めて−−
(一)神学・教学と宗教哲学の方法論的相違に関連して
(二)《真宗的信仰(信心)の事態》と宗教哲学
二 「将来する浄土」−−『教行信証の哲学』−−
(一) 「真宗学」からの一視点
(二) 《宗教哲学的思惟》の視点
(三) 《宗教哲学的思惟》が《親鸞》に見るもの
−−「将来する浄土」−−
三 「釈尊以前の仏教」−−曽我量深師のテーゼ−−
四 「ポスト・モダンの教学」
A 真宗にとっての《エキュメニズム》
−−キリスト教における《エキュメニズム》−−
一 エクメーネ運動(エキュメニズム)
二 エクメーネ(オイクメネ)とは
三 現代のヨーロッパ社会において
B 真宗における《エキュメニズム》
一 真宗における「共同活動」−−「一性」への関心−−
二 「宗派としての教団」と「念仏者の僧伽」
三 「教団改革」運動と《エキュメニズム》的関心
第三部 キリスト教に学んで
A 「宗教の神学」を巡って
(一) 「宗教の神学」とは何か
(二) キリスト教における(諸)宗教の神学
(三) 「宗教の神学」と「エキュメニズム」と「他宗教との対話」
(四) 神学の分科の中での「宗教の神学」
(五) エキュメニカル・ゼミナール
(六) 「浄土教に於ける宗教の神学」を想起して
B 「諸宗教の出会い」を巡って
一 「仏教とキリスト教の対話」という関心
−−《スレ違い》と関心の相違−−
二 第四回国際仏教キリスト教対話大会に即して
三 仏教に於ける「神学」の可能性を巡って
(一) 仏教における「神学」とい概念について
(二) 仏教的世界にとって出会われているもの−−Ontotheologie
(三) 仏教的世界にとっての「存在としての神」
四 「信と知」と仏教思想
(一) 「出会って」いるものは何か
(二) 仏教思想における「信」と「知」
(三) 出会われている「信」
(四) 出会われている「知」
(五) 出会われている「信と知」
五 世俗と世俗化
(一) 世俗化−−−世俗社会における宗教の考察の一視点
(二) 世俗化の神学的理解−−キリスト教神学における一視点
(三) 世俗−−勝義と世俗
(四) 出会いの視点
C パンネンベルクの「宗教史の神学」
一 パンネンベルクと「宗教の神学」
(一)パンネンベルクの神学とその環境
(二)「神」概念の問題
二 パンネンベルクの「宗教史の神学」
(一)神学と宗教史
(二)現象学と諸宗教の歴史
(三)宗教史の統一性
(四)宗教経験の現実性と宗教史理解にとっての意義